プロローグ〜第3回   第7回〜   ARAKI's H.P. INDEXへもどる              

第4回 練習はじまる。

会式当日だったか、翌日だったかは定かでないのですが本番に向けてのオーケストラの全体練習が始まる前に、オーケストラ内での席次(座る席の順番)を決めるためのオーディションがありました。真駒内ハイツにあるホールで行われました。審査員は大植英次氏とバーンスタインのマネージャーのような人とロンドン響の対象セクションの首席奏者がいました。他にも何人かいたような気がします。私たちは控え室で数名ごとに待たされ一人づつステージに招き入れられました。

はとにかく緊張しました。演奏に対する不安ももちろんありますが、周りの環境から来るプレッシャーもかなりのものでした。控え室で待っている他の参加者達はみな自信に満ちた表情で声高に英語でべらべら話しています。事務連絡など進行もすべて英語で行われていますので自分の語学に対するコンプレックスも緊張に拍車をかけます。つい先月まで獨協大学で経済学部の学生だった私にはかなりハードな状況です。「自分は場違いではないだろうか」という不安を打ち払うことは到底不可能でした。これは後で知った話ですが声高に話していた外人たちも実はかなり緊張していたそうです。ああいう場でハッタリを効かすのも芸の内のようです。

次オーディションがあるということは合格通知と一緒に送られて来た書類に書いてあったので、ちょうど練習中だったハイドンのC-durのコンチェルトを弾くことにしました。オーディションでの演奏はビビって上手く弾けませんでしたが、とりあえず最初の演奏会で私は3プルトの表に座るとになりました。ただ、シーティングは演奏会のたびに変わりました。練習中や本番などを大植氏が見ていて次の首席を誰に弾かせるかなどを決めていました。参加者すべてになるべく公平にローテーションが行き渡るようにしていたようです。

ぶんその翌日から練習が始まったと思います。記憶が曖昧なのは10年前の事なので許してください。なにしろ当時は自分が10年後にPMFの体験をインターネットで発表するなどどんなに頑張っても予想不可能だったので、スケジュール表など資料はほとんど霧散してしまいました。今回掲載している新聞の切り抜きなども母が取って置いてくれたものです。

してその翌日は練習初日です。この演奏会でのチェロの首席には韓国系アメリカ人のWという人がなりました。私と同じ年で気も合いその後仲良くなりました。イギリス人の一人が「なんで自分が首席じゃないんだ?」と抗議していました。結局彼は本当に上手だったのでバーンスタインの本番で首席を務めましたが、どうやったらああいう自信が持てるのか・・・。本当に羨ましい性格です。練習の内容は最初の演奏会に掛けるチャイコフスキーの「フランチェスカ・ダ・リミニ」という曲で、指揮は佐渡裕氏です。佐渡氏は今は超有名な売れっ子指揮者ですが、当時はまだいかにも勉強中という雰囲気でした。PMFOが始めて音を出したわけですが、音色はそこそこ厚い音を出していたと思うのですが、とにかくバラバラで全然合いません。プレイヤーが皆若くしかも人種もまちまちなので会うはず無いのですが、それにしても何の曲をやってるか分からないほどのずれ方をしていました。1日目の練習は「譜読み」程度で終わりました。

の時点で合宿が始まって数日たっていたのですが、やはり予想していたよりも生活にまつわるストレスが多かったです。日本式の風呂の入り方や洗濯機の使い方など各国の人たちには通用しませんから、ほとんどパニック状態です。このストレスについてはまた書きますが、百数十人の若者が狭い施設の中に男女国籍入り乱れて押し込められている訳ですから、いろいろ軋轢があって当然ですね。施設のスペースの無さが一番の問題と思いました。とにかくそのストレスを発散するために友人になった日本人同士で毎晩明け方近くまでロビーで宴会をしました。そのうち韓国人のグループなどとも一緒に飲みはじめるのですが、この頃はまだお互い様子を窺ってます。参加者たちの毎夜の宴会はどんどんエスカレートして最後の方は大変な騒ぎになるのですが、それも以降の回に譲ります。

の頃、道内の新聞やテレビでは私たちの正に一挙手一投足が報じられていました。私も道内出身の参加者ということで何回も取材を受けました。しかし、取材というものは答えたことと全く違う事が報じられるのが常。という事もこのとき学びました。報道意図というのは最初から決まっていて、私が何を言おうとも関係ないんですね。ストレスの真っ最中の時など参加者を代表するつもりで大会の問題点などを語っても、次の日の新聞には「バーンスタインの指揮で演奏できるなんて夢のようです・・と興奮気味に語る荒木さん」って載っちゃうんですから。テレビだったらとにかく沢山しゃべらせて取材意図に添うところだけ繋いで流してました。これには参りました。そういえばどこかの新聞には「バーンスタインはその長身を白いスーツに包み」と書いてありました。これはかなり痛烈な皮肉です。バーンスタインは私よりも10cmほども背が低く、白人としてはかなり小柄です。まあ、こんなもんか。

の写真は開会式の記者会見で語るバーンスタインです。バーンスタインは既に札幌に入っていたのですが、まだ練習場には姿を現していません。そういえば開会式のときに始めてバーンンスタインを遠くから見て「本当に来たんだ。」と思いました。バーンスタインは札幌から車で1時間ほどの苫小牧に出来たばかりのゴルフ場付きリゾートホテルを借り切って泊まっていました。他の指揮者陣は市内のホテルに泊まっていました。

次回はバーンスタイン登場です。

番外編  当コーナーがテレビで紹介されました。詳しくはこちら

第5回 バーンスタイン登場

MFOの練習の2日目(だったと思います)、佐渡氏の指揮でフランチェスカ・ダ・リミニのリハーサルが行われていました。曲の途中にチェロから始まるテーマがあります。その箇所は小節の頭の拍が休符の上、突然テンポが変わり難所です。なかなか上手くいかず佐渡氏は何回もオケを止めてやり直していました。そこになにやらただならぬ気配が後ろのほうから近づいてきました。私はチェロの3プルトの外側に座っています。オケはチェロが外側のスタイルでしたから私の席はオケの一番端に位置しています。ただならぬ気配は私の2メートルほど横で止まりました。気配の主は白地に青のストライプのセーターを着たバーンスタインでした。

ーンスタインはしばらくその位置から佐渡氏とオーケストラの様子を見ていました。私は僅か2メートル横に接近したあの大音楽家の存在に圧倒されながらも不思議と緊張はしませんでした。少しするとバーンスタインは「ストップくださーい」と言って佐渡氏に演奏を止めるように指示し指揮台に上がりました。(この「ストップくださーい」はその後もよく登場し受講生の間で流行しました)

ーンスタインはオーケストラに向かって「ここの箇所は地獄に堕ちた主人公フランチェスカが云々・・・」と楽曲の背景を説明しました。その間佐渡氏の肩に手を回しています。佐渡氏は180cm以上の長身ですからすごい身長差です。バーンスタインは話す時はいつもそうして隣にいる人の肩に手を回していました。楽曲の説明を終わると「・・・そのような気持ちになって演奏してください」というようなことを言い、佐渡氏の指揮棒を持ちゆっくりとチェロの方を向きました。少しの間精神を集中するとさっきまでのおおらかでちょっといたずらっ子の様な印象も受ける視線がまるで別人のような鋭い目に変り我々を見据えました。右手に持った指揮棒に左手が添えられます。渾身で指揮棒が振り下ろされた時、小柄なバーンスタインがまるで巨人のように見えました。そして振り下ろされた指揮棒から出た大きな風を受けたような気がしました。その瞬間に出たオーケストラの音はいまだに忘れられません。物凄い音圧、物凄い質量。単なる8分の12拍子の旋律が地獄に落ちたフランチェスカの苦悶に変りました。

の箇所を振りおわると佐渡氏に「分かったね、ここはこの様に・・・」という感じで話していました。オーケストラのほうを向いて「私がバーンスタインです」と言うような事を言い笑いが起きました。そして「うん、いいオーケストラだ」という内容の事を言っていました。その時にはまたおおらかな表情に戻って目を細めていました。

Dなどでも分かるとおり高齢の指揮者の例にもれず最晩年のバーンスタインもテンポが物凄くゆっくりになっていました。佐渡氏は多分バーンスタインに習ったテンポを忠実に再現していたのだと思います。でもバーンスタインはそのテンポの倍近く遅いテンポでその箇所を振りました。佐渡氏はちょっと困ったのではないかと思いました。

憩に入ると皆興奮して『バーンスタイン・ショック』について語り合いました。やっぱり参加して良かったと思い、合宿生活にまつわる諸々の不満はこの時ばかりは全てふっ飛びました。たった数小節でこうなんだから一曲丸ごと指揮したらどんなに凄いんだろう。バーンスタインの指揮する練習がますます楽しみになりました。

MFも開会以来数日たったこの頃やっとバーンスタインが振る曲が決まりました。シューマンの交響曲第2番です。後で知った話なのですがシューマンの2番はバーンスタインが生涯もっとも愛した曲の一つなのだそうです。編成の大きくないこの曲を選べば受講生に演奏に参加できない人が出来てしまいます。それを承知で敢えてこの曲を選んだのはバーンスタインが自分の死期が近いのを知っていたからなのかもしれません。

ューバで参加していた日本人のSさんが教えてくれたのですが、曲が決まった時この曲にチューバはありませんから彼はとてもがっかりしたそうです。でも「シューマンに決めて申し訳なかった」と言うために、バーンスタイン本人がわざわざ彼を探して訪ねて来てくれたそうです。


PMFOの札幌での演奏会のチラシ。曲目は下記。

'90.7.3

マリン・オーサップ
佐渡裕
レナード・バーンスタイン

ベートーヴェン:交響曲第2番
チャイコフスキー:「フランチェスカ・ダ・リミニ」
バーンスタイン:「ジュピリーゲームス」

'90.7.8

佐渡裕
マリン・オーサップ
マイケル・ティルソン・トーマス

アイブス:「ニューイングランドの三つの場所」
武満徹:「鳥は星型の庭に降りる」
ドヴォルザーク:交響曲第8番

'90.7.12

マリン・オーサップ
佐渡裕
リーヤ・ブラヤント

ハリス:交響曲第3番
ラヴェル:スペイン狂詩曲
ムソルグスキー:展覧会の絵

札幌で行われるPMFOの演奏会。7月3日の演奏会は東京と横浜でも行われる予定だった。また、7月3日のバーンスタインの「ジュピリーゲームス」がシューマンの交響曲第2番に変更されてた。

 

次回は参加者たちとの親睦です。

第6回 参加者達との親睦

が前後しますが、今回はPMFO参加者同士の親睦について書きます。Tさんとの出会いは既に書きましたが、PMFOのメンバーは基本的に演奏家か演奏家のタマゴです。メンバー123人のうち35人の日本人も殆どが国内外の音大生でプロのオーケストラに所属している人もいました。またオケに所属はしてないものの音大を卒業してプロの演奏家として活動している人もいました(Tさんもその一人です)。音大生にしろ演奏家にしろ彼らはつい最近まで私にとっては「先生」であり、仰ぎ見る存在でした。

楽祭が始まった当初、自己紹介のときに「大学はどちらですか?」というのを必ず聞かれます。私は「獨協大学という普通の大学です」と申し分けなさそうに言うのが常でした。申し分けなさそうにしたのは、この頃東京でたまに演奏の仕事をしても一般大学出身ゆえの差別的な扱いを受けることが珍しくなかったからです。参加者たちとの自己紹介を重ねるうちに彼らの反応から申し訳なく思う必要の無いことが分かってきました。「卑屈になる必要はない」という内容の事をTさん始め何人かから言われました。今考えればよく分かるのですが、経歴で人を差別する演奏家は間違いなく三流以下です。普通の演奏家は自分の耳で聴いて判断しますし、まして経歴が当てにならないことはよく知っています。そうした差別にあっていたのはこの頃の私の仕事のテリトリーがあまりに低いところにあったためでした。こうして私は昨日までの「先生」たちと対等の地位を許された訳です。それからは彼らとの友達付き合いを楽しみ、彼らと対等でいられることに感謝しました。

楽祭の一週目を過ぎる頃には楽器や年代が似通った者同士の仲良しグループがいくつか出来ていました。私はTさんの人脈で出来たがったグループに主に所属していました。男女同数くらいで派手なグループでした。PMF期間中は食事は参加者全員で食べます。真駒内ハイツの食堂であったり、芸術の森のロビーや庭に並べられた机だったりする訳ですが、バイキング形式で席は自由に座るのでこうしたグループで固まって食べる事が多かったです。また、バーンスタインがロンドン響とリハーサルをしてるのを見学するもよし、自分の練習をするもよし、という割と自由な時間に行動を共にしたりもしました。

る時Tさんが「こうした仲間の結束も音楽祭のあいだだけ。終わってしまえば皆立場も環境も違うから親交が続くのは難しいんだよね」と言っていました。Tさんは留学期間も長く、こうした音楽祭にも何度か参加した経験がある人でした。その経験を踏まえての発言だったのだと思います。その時は聞き流していましたが、今になって思えば確かにそのとおりです。

晩の飲み会はとても楽しかったのですが体力を奪われました。宿舎である真駒内ハイツのロビーは毎晩各国参加者が入り乱れる大宴会場を仮していました。夜の12時頃が消灯時間で電気は消されてしまい、非常灯の明かりのみが灯る薄暗い中で、昼間鬱積したものを爆発させて皆完全にハイの状態で行われる宴会は毎夜明け方まで続き、夜毎にエスカレートしていきました。そうした飲み会もロビーのあちらこちらにグループが点在し、合流したり一人で違うグループに参加したりいろいろでした。中でも面白かったのは韓国人グループと合流したことです。10人くらいいた韓国人たちはどの国の参加者よりも結束が強く音楽祭の最初のころはどこかの部屋で固まって飲んでいましたが、半ば近くなった頃からロビーに出てくるようになりました。私たちは彼らにとても興味がありました。似て非なる韓国人が自分たち日本人ををどう見ているのかという興味もあったのですが、韓国人参加者の女性たちは皆すごい美人揃いだったのです。

らがロビーに現れた日、私たちのグループはすかさず合流しました。彼らもロビーでの宴会に興味があったらしくすぐ打ち解けることができました。その日は飲みながら「カイ・バイ・ボ」という韓国版「ハワイ・グンカン・チビス」を罰ゲーム付きでやって明け方まで盛り上がりました。余談ですが、話のはずみで「マジンガーZ」の歌を私が歌ったのに対して彼らが「なんで韓国のアニメを知ってるんだ?」と驚いていました。日本のアニメだと説明しても信じてくれません。「魔法使いサリー」も「妖怪人間ベム」もみなその調子でした。彼らに「韓国語版マジンガーZ」を教えてもらい、今でも私の宴会芸になっています。

れ以降は韓国人グループと合流しスケジュールの空いた日にサッポロビール園に行ったりしてかなりの頻度で彼らと行動を共にしました。音楽祭の最中に親しくなったのは主にアジア人たちで、アメリカ合衆国やオーストラリアの人はまだいいのですが、ラテンアメリカ人たちとは最後まで親しくなれませんでした。1週間ほど遅れて中国人三人が来ました。ちょうど天安門事件の後でビザが降りなかったそうです。胸に毛沢東のバッジを付けていました。

楽祭主催の親睦会もありました。能の見物に行ったりサッカー大会が催されました。また、演奏会があるとその都度真駒内ハイツや芸術の森でレセプションがありました。バーンスタインはこうした集まりには必ず出席する人だったらしいのですが、この頃はさすがに身体の具合が悪く、結局一度も姿を現しませんでした。主催者はバーンスタインが銘柄を指定した酒が札幌にはなく、わざわざ東京から運んできた、などという話しも聞きました。レセプションにはバーンスタインに師事した日本の若手指揮者たちも来ていましたが結局会えなかったようです。

のレセプションも会を追うごとに皆の騒ぎ方がエスカレートしていき、最後の方はビールを床に撒いてスケートの様に滑って遊んだり、とんでもない事になってました。こうした騒ぎが原因で、東京で行われた最後演奏会では足にギブスをした人が2人いた他、負傷者が数名いました。

ビーでの宴会でも最後の方は酔ってバス停を持ってきてしまったり、イスや机でバリケードを作ったりかなり凄かったです。真駒内ハイツの従業員やスタッフたちはよく堪えてフォローしたと思います。私はそうした騒ぎには少ししか加わりませんでしたが、いつも元気に遊んでいる白人たちの体力には恐れ入る思いがしました。

7月5日に行われた能の見学会の模様。PMFのことは全て新聞で報じられていた。

 

次回はバーンスタインとのリハーサルと演奏会

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